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魔のバルタスロール、青木功の挑戦
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イメージ写真2005年のメジャー最終戦、バルタスロールGCで行なわれた「全米プロ選手権」は“世界のレフティ”フィル・ミケルソン(35)がタイガー・ウッズの激しい追い上げを退けて優勝しました。
ところで日本のゴルフファンにとって、大会の舞台となったゴルフコースの名前を聞いて誰もが思い出すのは、あの「全米オープン」でのジャック・ニクラウスと青木功の最後までもつれにもつれた闘いでしょう。バルタスロールGCは米国ニュージャージー州の名門コースとして知られ、全米でも屈指の難コースと言われています。距離が7,392ヤードと長いにもかかわらずパーが70。これはロングホールがアウトとインにそれぞれ一つしかないということを意味します。しかもそのロングホールは実に650ヤード以上もあり、2オンしてイーグルやバーディを狙うには至難のホール。現に2005年の大会を見てみると、ミケルソン(米)やエルキントン(豪)トーマス・ビヨン(デンマーク)ら長距離ヒッターというよりも技巧派に近い選手が活躍しています。

1980年、このコースに挑戦したのが、当時38歳の“魔術師”と呼ばれた青木功その人でした。青木は初日から「全米オープン」3回優勝のジャック・ニクラウス(当時40歳)との組み合わせとなり、予選ラウンド2日間のスコアはニクラウスが6アンダー、青木は4アンダーとともに優勝を狙える位置につけました。次第にギャラリーの目は2人の熾烈な闘いに釘付けとなり、3日目を終わってついに2人は6アンダーでトップに並びます。そして最終日はさながらマッチプレーの様相を呈し、勝敗は最終ホールにまでもつれ込みましたが、わずか2打差で青木はニクラウスの軍門に降りました。しかし2人の4日間にわたる闘いは全世界に伝えられ、メジャー史上に残る名勝負として今も語り継がれています。その後青木功は1983年に「ハワイアンオープン」で日本人初の米ツアー優勝を果たすと「欧州オープン」でも優勝。特にワイアラエCCで開催された「ハワイアンオープン」では、最終日・最終ホールでラフからの第2打、128ヤードを直接カップインするイーグルを決め、首位を走るジャック・レナー(米)を1打差で破った逆転劇に多くの日本人が歓喜しました。

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