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その後の運命を決めた9ホールのプレーオフ
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イメージ写真 1968年の第9回中日クラウンズでの安田春雄(当時25歳)と鈴村久(当時28歳)の9ホールに及ぶプレーオフは、今も当時を知る人々の間で語り草になっています。
4月26日から29日までの4日間にわたり名古屋ゴルフ倶楽部和合コース(6,530ヤード、パー70)で開催された第9回中日クラウンズには、全英オープン5回優勝のピーター・トムソン(豪)やアメリカゴルフツアーの常連フランク・ベアード(米)、全米一の飛ばし屋として有名だったボビー・ニコルズ(米)らが招聘され、国際ゴルフトーナメントの名に恥じない盛り上がりを見せました。

大会は3日目を終えた時点で安田春雄が207ストローク、トータル3アンダーでトップに立ち、それを1打差で鈴村久が追う展開となりました。当時、鈴村は地元の三好CCに所属、前年の第8回大会でも2位に入賞していたため「今年こそ優勝を」と、地元の声援は想像を絶するものがありました。迎えた最終日、安田は1打差を維持したまま最終18番ホールにやってきました。もう優勝は固いと誰もが思っていた次の瞬間、安田のティショットはフック気味に左の林の中へ向かい、続く第2打は林から出すだけが精一杯。栄冠をほぼ手中に収めながら最終ホールを痛恨のボギーとし、パーで上がった鈴村に並ばれ決着はプレーオフに持ち越されます。中日クラウンズのプレーオフはテレビ中継の関係上、原則的に10番、17番、18番の3ホールを回り、そのトータルスコアで勝負を決することになっていました。ところが2人ともバーディーを1つずつ奪い、決着しません。初めての事態に競技委員も頭を悩ませ、結局1番ホールからのサドンデス方式を採用しました(現在は日本ゴルフツアー機構の統制のもと、原則として18番ホールをサドンデス方式で繰り返します)。改めて1番ホールからスタートした両選手でしたが、ここでも互角のプレーで譲りません。

夕闇が迫り、辺りに冷たい風が吹き抜ける中、ついに都合9ホール目となる6番ホールを迎えました。この6番は358ヤードと距離の短いパー4でしたが、グリーンは打ち上げの小さな砲台型で左に外せばパーで上がるのは至難の業。案の定、鈴村は第2打を左の崖下に落としてしまい、第3打も松の枝に当たってグリーンに届かずダブルボギー。一方の安田はきっちりとパーをセーブして初優勝を飾り、この結果鈴村は2年連続の2位に甘んじることになりました。実に1時間40分にも及ぶ両選手の闘いぶりには、ギャラリーから「いっそ2人とも優勝ということにしてはどうか」という声も聞かれたほどでした。安田は前日に師匠の中村寅吉プロからの電話で「自分が苦しい時は相手も苦しい。自分に負けるな」と激励を受けていたそうです。この9ホールに及ぶプレーオフを境に、勝った安田がスターダムへと一気に駆け上がっていった一方で、敗れた鈴村はその後浮上することができませんでした。

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