1つ前のページへ

ゴルフの歴史

第2回 神のつくり給いしリンクス

初期のゴルフ場は海に面した荒れ地がほとんどでした。羊の放牧に適していた場所(第1回参照)ですから、恐らくスコットランド特有のヒースという濯木の生い茂る砂地だったと考えられます。

この後、世界のゴルフのメッカとされる「セント・アンドリュース」や「ターンベリー」などの有名なコースがスコットランドに造成されていきます。しかし各コースとも造成というよりは、北海から吹きつける想像を絶する風雨によってつくられたアンジュレーションをそのまま活かし、必要な部分に芝を張っていったというのが本当のところでしょう。

コースもちょっとした風雨によって変形するため、グリーンキーパーは大忙しだったと当時の文献には伝えられています。あるとき、地元のゴルフ愛好家がコースの原型を求めて測量を行なったところ、どう考えても人智の及ばない造形が現れ、彼は思わず天を仰いで「神のつくり給いしリンクス!」と叫んだそうです。

これらのリンクスは現在も維持され、全英オープンの象徴的な存在になっています。自信と誇りを示す証拠として、彼らは全英オープンを「British Open(ブリティッシュ・オープン)」とは呼ばず「The Open(ジ・オープン)」と呼びます。世界で最も権威のある大会は全英オープンのみである、と誇示しているのです。

さらに世界のゴルフルールを決めているのも、セント・アンドリュースのメンバーによって構成されるロイヤル・アンド・エンシェント(R & A)です。それもその筈、1754年に「13ヵ条」で正式にルールを制定したのがR & Aだと言われているからです。

その後、新しい事態が発生する度にルールが加えられ、現在でも新しいルールや改定部分があるとR & Aから全世界に通達されます。我が国では日本ゴルフ協会を通して全国の連盟に知らされます。

さて、「13ヵ条」からスタートしたルールも今では膨大なものになっていますが、その根底にあるのは「プレーを自分に有利に解釈してはならない」「いかなる事態が起こってもボールはあるがままの状態でプレーしなければならない」の2条に尽きると言われています。

ちなみにここでは、日本のほとんどのアマチュアゴルファーが経験している「6インチプレース」なるものは、見当たりません。

これは商業主義に徹した経営サイドがつくった便宜上のローカル・ルールだからです。

ページの先頭へ