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新たな帝王を生んだ
世紀の一打

タイガー・ウッズの時代も一段落し、群雄割拠を迎えて久しい世界男子プロゴルフ界。試合展開もスリリングになり、毎度観客は大いに盛り上がります。

緊張感と熱が入り交じる会場だからこそファインプレーが飛び出し、幾度となくニューヒーローが誕生してきました。今回ご紹介するのは、「世紀の一打」と呼ばれる好プレー。主役は「新帝王」トム・ワトソンです。

ペブルビーチで展開された男子ゴルフ界の覇権争い

ペブルビーチで展開された男子ゴルフ界の覇権争い

舞台は1982年の第82回全米オープン。開催地は、ジャック・ニクラスが「人生の最後にプレーしたいホール」と賞賛し、ホームグラウンドにもしていたペブルビーチ・ゴルフリンクス。

リンクスの名に恥じず、自然の造形を最大限に活かしたコース造形と美しい景観を誇ります。また、太平洋からの風が、難易度を高めています。

そのコースに、ニクラス同様に慣れ親しんでいたのがトム・ワトソン。プロ2年目の1973年にキャディのブルース・エドワードと組んで以降頭角を現し、1975年の全英オープンで優勝。トッププロの仲間入りを果たし、1977年から1980年まで連続でPGAツアーの賞金王を獲得するなど、無類の強さを誇りました。

最大のライバルであったニクラスにも、1977年の全英オープンで勝利。特に17番ホールでのチップイン・バーディーは圧巻で、多くのゴルフファンを唸らせました。このとき、「新帝王」というニックネームで呼ぶ人も現れるようになります。

新帝王の本領発揮。一転窮地に追い込まれる

新帝王の本領発揮。一転窮地に追い込まれる

第82回全米オープンでも、ワトソンはニクラスより上位をキープ。3日目終了時点で、「自分でも自信に満ちているのが分かる」とコメントします。

しかし、迎えた最終日。息子をキャディに付けたニクラスが猛チャージをかけます。3番ホールから怒涛の連続バーディ。7番ホールの時点で、見事首位タイに浮上し、そのままホールアウトします。

追う立場になったワトソンも、負けじとスコアを維持。アルバトロスやイーグルよりも、ひとつのバーディーを確実に狙う堅実なゴルフを展開します。

そして臨んだ17番、203ヤードのショートホール。カーメル湾に突き出した立地から不規則な風が吹く、ペブルビーチでも難関中の難関です。事実、ワトソンが2番アイアンで放ったティーショットは、風に流されてグリーン左に。辛うじてバンカーは逃れましたが、靴をすっぽりと覆う程の深いラフに埋まってしまいます。

「なんてこった」と、思わず気持ちが切れかかったトム・ワトソン。しかし、キャディのブルースが「カモン」、「あれを寄せるんだ」と励まします。

皇位を奪うスーパーショット。奇跡が新時代を切り開いた

皇位を奪うスーパーショット。奇跡が新時代を切り開いた

前向きなブルースの言葉に、ワトソンも気を取り直します。すると、深いラフからほんの少しだけボールが顔を覗かせているではありませんか。

ワトソンは九死に一生を得たと感じます。ピンまでは5メートルで、下りの傾斜。ワトソンはしばし、イメージに耽ります。スイングの強さ、ボールの高さ、そしてグリーンのライン。

「寄せてくれ」と声をかけたブルースに、ワトソンはこう答えます。

「直接放り込んでやる」

サンドウェッジから放たれたボールは、深いラフを抜けてグリーンに着地。水切り石のように軽やかにバウンドしながら、カップに吸い込まれていきました。ゴルフ史上、最も美しいカップイン誕生の瞬間です。

歓喜のあまり両手を挙げて駆け出すワトソン。グリーン上まで来ると振り返り、ブルースを指差し、一人の力だけではないチップインだと表現しました。

ニクラスとの激闘を制し、栄光を手に入れたワトソン。鮮やかな一打による勝利を境に、「新帝王」というニックネームが定着していきました。

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