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駐車場から帰還した
スペインの英雄
セベ・バレステロス

紳士のイメージが強いゴルフ。青い空と緑の芝の中でプレーする光景は優雅そのものです。しかし、棒1本で風や砂地、池といった自然に立ち向かうことを考えれば、これほどタフなスポーツもないでしょう。

その中でハッスルプレーをしていた選手がセベ・バレステロス選手。自然の魔の手を軽々と攻略していく姿は、まるで闘牛士だと称されました。今回取り上げるのは彼が生み出した駐車場からの一打です。

グリーンに虹をかける魔法のアイアンショット

グリーンに虹をかける魔法のアイアンショット

バレステロスのプレイスタイルは、届く距離であればどこからでもピンを狙っていく「ピンデッドゴルフ」。

多くのファンを虜にした超攻撃型のゴルフは、天才的なボールコントロールが土台にあります。特にアイアンショットの切れ味は鋭く、多彩なショットを操ることから「七色のアイアン」「トリックスター」と呼ばれました。

バレステロスのプロ転向は16歳。僅か2年後に欧州ゴルフツアー賞金王に輝きました。ゴルフ後進国のスペインから突如現れた新星は注目を集めます。

メジャー大会では全英オープンで3度、マスターズを2度制覇。全盛期には世界ランキング首位に61週、約14ヵ月も君臨するなど、ライバルたちを寄せ付けぬ存在感を発揮しました。

駐車場からでもカップを狙うピンデッドゴルフの真骨頂

駐車場からでもカップを狙うピンデッドゴルフの真骨頂

1979年ロイヤルリザム&セントアンズで開催された全英オープン最終日。16番ホールでひとつの伝説が生まれます。

多くのゴルファーがアイアンでティーショットする中、バレステロスはドライバーを選択。度胸満点でスイングするも、ボールは大きく右に逸れ、臨時駐車場に飛び込んでしまいました。

大会の救済措置により車を移動すると、ボールはベアグラウンドの上にありました。ベアグラウンドとは、土がむき出しになっている場所のこと。芝生と比べて地面との密着面が広く、バンカーのようにクラブのソールが潜り込まないため、ベアグラウンドからのアプローチは一流のプロでも至難の業だと言われています。

しかし、さすがピンデッドゴルフのバレステロス。迷うことなくアイアンで第2打にトライ。グリーンオンどころか、ピン側4メートルまで着けました。このときのバレステロスはイーグルを狙ったゴルフをしたのかもしれません。

盛り上がるゴルフファンに涼しい顔で応えながらカップインし、バーディー奪取。最終的に、2位に3打差を付けて優勝しました。

マタドールの熱き血脈は母国の後輩へも受け継がれて

マタドールの熱き血脈は母国の後輩へも受け継がれて

魅せるプレーの連発でハイライトに事欠かないバレステロスには、もうひとつ伝説の好プレーがあります。

パーキングショットで脚光を浴びた翌1980年。舞台は、プロゴルフの最高峰マスターズ。アルバトロスやイーグルなど、ドラマが起きやすい最終日に、またしても伝説が生まれます。

17番ホールのティーショットで、隣の7番ホールに打ち込んでしまったバレステロスですが、鮮やかな林越えでバーディーを奪ったのです。グリーンが見えない状況からピン側2メートルに着けたアプローチショットで、数多のライバルたちは改めてバレステロスの才能に嘆息したと言います。

とは言え、天才と形容された技術の裏には、木の棒を振り続けたという少年時代からの努力があります。クラブ素材がパーシモンからメタル、チタンに変化していくにつれて全盛期の輝きを失ったのも、彼のスイングがクラブを長く握り続けたことによって培われたという証でしょう。

そんなゴルフの小国スペインから一世風靡した稀代の名ゴルファーは、1997年に世界ゴルフ殿堂入りし、2007年に引退。その後2008年に脳腫瘍が発覚し、2011年5月7日、長い闘病生活の末に54歳という若さで永眠しました。

スペインは現在、ホセ・マリア・オラサバル、セルヒオ・ガルシア、アルバロ・キロスなど名選手を輩出しています。そして、その誰もが尊敬しているというバレステロス。彼の功績は、きっといつまでも称えられることでしょう。

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