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友のイーグルに呼応する
心のこもったバーディー

1999年のマスターズで優勝をかけて競い合った、ライバル同士のホセ・マリア・オラサバルとグレッグ・ノーマン。最終日の13番ホールでノーマンがイーグルを決めたあと、バーディーパットを沈めたオラサバルは親友に向かって指を差し向けます。その仕草は挑発ではなく、「お互い、良いプレーをしたね」という挨拶でした。

病によるブランクを経て出場を果たした世界メジャーで、オラサバルはどんなプレーを見せたのか。復活勝利をかけた試合はどんな展開となったのか。ギャラリーを感動させた好プレーを振り返ります。

順風満帆だった歩みが病によって挫かれる

順風満帆だった歩みが病によって挫かれる

アマチュア時代、全英アマチュア選手権をはじめ、出身国スペインやイタリアの大会でも優勝経験を積んできたホセ・マリア・オラサバル。1985年にプロ転向し、翌年のヨーロピアンツアーで早くも2勝、賞金ランキング2位となって世界の注目を浴びます。

その後、同ゴルフツアーで通算23勝を挙げ、1994年のマスターズでメジャー大会初優勝を飾り、スペイン人ゴルファーとしてはセベ・バレステロス以来のマスターズ優勝という快挙を成し遂げました。日本でも、1989年から三井住友VISA太平洋マスターズを2連覇しています。

そんな快進撃を見せていたオラサバルでしたが、1995年からリウマチ性多発関節炎を発症。翌1996年には、プレーはおろか歩行も困難となり、戦線離脱を余儀なくされました。ほとんど寝たきりに近い状態だったと言います。

1年半の闘病を経てゴルフ界に復帰

1年半の闘病を経てゴルフ界に復帰

「もう、オラサバルは帰ってこないのか」。ゴルフファンの多くが、スペインの猛者の活躍をあきらめかけていました。ところが、1997年のドバイ・デザート・クラシックで、オラサバルは18ヵ月ぶりに復帰。さらに同年のツレスパナ・マスターズ・オープン・ド・カナリアで、復活優勝を遂げてみせたのです。

迎えた1999年のマスターズ。最終日に入りオラサバルは、グレッグ・ノーマン、デービス・ラブ3世と三つ巴の闘いを繰り広げます。

3番ホールから3連続ボギーを叩いたもののバックナインから持ち直し、10番でバーディー、12番のショートホールは巧みなバンカーショットでパーセーブ。

対するノーマンも負けていません。11番で10メートル級のロングパットをねじ込み、12番でボギーを出しますが13番では2オンのベタピンに成功、複雑なアンジュレーションを読みきって奇跡的なイーグルをもぎ取ります。

一気に7アンダーの首位に立ち、誰もがノーマンの優勝を予感しました。

親友の好プレーに応える好プレーで、復活勝利へ

親友の好プレーに応える好プレーで、復活勝利へ

「ノーマンのゴルフボールがカップインするのを見て、僕も自分の仕事を果たそうと思ったんだ」。

13番のイーグルでノーマンがトップに躍り出たとき、オラサバルの胸に湧いたのは悔しさや焦りではなく、ゴルファーとしてライバルと競い合える喜びだったのでしょう。動じることなくバーディーを入れ返すと、まるで共同事業をやり遂げたかのように2人は微笑み合いました。

続く14番15番でノーマンは連続ボギー、17番では惜しくもバーディーパットを外します。一方オラサバルは、16番でさらにバーディー、17番でパーセーブ。8アンダーでライバルたちを振り切り、2度目のマスターズ優勝を掴みました。

最終ホールでパットを決め、きゅっと拳を握る小さなアクションのオラサバルに対し、ノーマンは朗らかに笑いながら抱擁。カムバックの喜びを噛みしめるオラサバルと、そんな親友を心から祝福するノーマンに、ギャラリーは温かい拍手を送ったのでした。

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