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日本人の力を世界に証明した
ハワイでの好プレー

青く広がる空、澄みわたった海、吹き流れるあたたかな風……。ハワイ州、オアフ島ホノルル郊外のワイアラエCCは、ダイアモンド岬が眺められる美しいコースです。

毎年、PGAツアー「ソニーオープン・イン・ハワイ」が開催され、2016年は片岡大育(Kochi黒潮CC)や宮里優作(フリー)、谷原秀人(国際スポーツ振興協会)らが出場し、健闘しました。日本人選手が海外へ進出するための登竜門と言っても良いでしょう。

このゴルフトーナメントで今から30年以上前、1人の日本人ゴルファーが大活躍したことは、ゴルフファンなら誰もが知っていると思います。

ソニーオープン・イン・ハワイで窮地に立たされた青木功

ソニーオープン・イン・ハワイで窮地に立たされた青木功

1983年のソニーオープン・イン・ハワイ。開催コースは、世界屈指の難コースとして名高いワイアラエCC。

最終日、最終組でラウンドに臨んだ青木功(フリー)は、トップのジャック・レナーとわずか1打差の2位で、18番ホールに入ります。前の組だったジャック・レナーはバーディーでホールアウトし、土壇場で首位に躍り出ていました。

対して青木は、バーディーを取ればプレーオフに持ち込めますが、パーに甘んじれば2位で終わってしまいます。優勝をするには、どうしてもバーディーを決めなければいけない切羽詰まった状況でした。

しかし、青木のティーショットはまさかのミスショットとなり、ラフへ。気を取り直して打ったセカンドショットもどうしたことでしょう、再びミスショットでラフに落ちてしまいます。

その地点からカップまで約120ヤードを残して、迎えた第3打。プレーオフはおろか、青木が優勝する可能性を信じる人は、ほとんどいなかったのではないでしょうか。

日本人初の海外遠征もハワイでのプレーから

日本人初の海外遠征もハワイでのプレーから

青木の奇跡的な好プレーを振り返る前に、過去にハワイのゴルフトーナメントで名を刻んだ日本人ゴルファーについてご紹介しましょう。

時は1929年、舞台はソニーオープン・イン・ハワイの前身だった「ハワイアン・オープン・ゴルフ・トーナメント」第2回大会。この大会に参戦し、日本人初の海外ゴルフトーナメント出場を果たしたのが、日本プロゴルフの礎を築いた伝説的選手、宮本留吉と安田幸吉でした。

出場者は、ジーン・サラゼンやトミー・アーマーといった凄腕ゴルファーから、ベン・ホーガンやバイロン・ネルソンなど有力な若手ゴルファーまで、強豪たちが目白押し。

そんななか、宮本と安田は、アメリカゴルフツアーのトッププロたちと互角に渡り合ったのです。

1日2ラウンド、2日間72ホールを大健闘し、宮本は13位、安田は17位に入ります。

2人の大活躍に、日本人はもとより、アメリカ人も大喜び。小さな体から繰り出される力強いドライバーショットや笑顔を絶やさない明るいプレーは、拍手をもって絶賛されたのでした。

再び世界を注目させた青木のイーグル

再び世界を注目させた青木のイーグル

日本人レジェンドたちの活躍からおよそ50年後。日本人ゴルファーのレジェンドたちが活躍した地で、青木功もまた伝説を作ることになります。

ソニーオープン・イン・ハワイの最終日18番ホール。あと120ヤードを残した状態で、バーディーならプレーオフ、パーなら2位という土壇場の第3打。青木は静かに、ピッチングウェッジでショット。

放たれたゴルフボールは、グリーン上で大きくバウンドし、見事カップイン。

この劇的なチップイン・イーグルによって青木は逆転優勝に成功し、日本人ゴルファーで初めてアメリカPGAツアー勝利という歴史的な快挙を成し遂げたのです。

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