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日本女子プロゴルフのあゆみ

男子と比較するとまだまだ歴史の浅い日本女子プロゴルフ。1901年に日本初のゴルフコースが建設され、男子のものだったゴルフが女子のものとしてポピュラーとなるまでにいったいどのような道を歩んできたのでしょうか。

プレーヤーが富裕層の婦人に限られていた時代

プレーヤーが富裕層の婦人に限られていた時代

1901年(明治34年)、イギリス人貿易商アーサー・ヘスケス・グルームが六甲山にコースを作り、幕を開いた日本のゴルフ。1920年(大正9年)には男子プロが誕生しましたが、女子プロが世に出るのは、それから40年以上あとになります。

ゴルフが伝わって約半世紀、日本でゴルファーは男性の職業だったのです。とは言え、女性がゴルフに触れていなかった訳ではありません。国内初のゴルフクラブ「神戸ゴルフ倶楽部」の会員家族の女性は趣味でゴルフに興じ、1905年(明治38年)には婦人の競技大会も開催されました。

第2次世界大戦をまたぐまで、婦人競技は東西対抗の団体戦のみでしたが、限られた条件の中でも、関東の三井栄子(さきこ)婦人をはじめ優れた資質の持ち主が現れます。

特に三井婦人のゴルフは群を抜き、1930年(昭和5)年の男女混合エキシビジョンマッチでは出場者のウォルター・ヘーゲンが感動し、愛用クラブをプレゼントするほどでした。

その後も三井婦人は、JGA初代女子委員会委員長を務めるなど女子ゴルフの普及に尽力。日本女子ゴルファーの先達と言えるでしょう。

職業婦人ゴルファーが続出、プロ志望の女性も

職業婦人ゴルファーが続出、プロ志望の女性も

終戦後、日本で男女平等の思想が広まり、ゴルフ界にも新しい波が押し寄せました。女子ゴルフが活性化しはじめたのです。

神奈川県の相模カントリークラブでは日本婦人と米軍婦人の親善マッチが行なわれ、のびのびとボールを打つ米軍夫人の豪快なプレーは日本婦人を圧倒、ゴルフへの女性の関心を高めました。1956年(昭和31年)の関東女子ゴルフ選手権では女優の荒川さつきが優勝して話題を呼び、職業婦人ゴルファーの進出に拍車がかかります。

やがて、男性と同じようにプロで活躍したいと望む女性も増加。彼女たちを後押ししたのが、ホテル創業者の大倉喜七郎ら篤志家でした。

ゴルフショップ経営者、松島杲三は女子プロ育成に熱心で、キャディ女性30人によるセミプロ同好会を発足。研修や競技の経費も負担する松島に、日本ゴルフ協会元副会長の野村駿吉が注目し、名ゴルファー赤星四郎を指導者に推薦します。この出来事を機に、女子プロゴルフの仕組みも整っていきました。

日本女子プロゴルフを基礎付けた樋口久子の功績

日本女子プロゴルフを基礎付けた樋口久子の功績

国内初の女子プロテスト実施は、1967年(昭和42年)。受験者26人全員が合格、すでにプロだった15人にもライセンスが与えられ、41名が正式にプロとして認定されました。以降、女子プロが活躍するようになりますが、特筆すべきは樋口久子でしょう。

樋口は、1968年(昭和43年)の第一回日本女子プロゴルフ選手権大会を皮切りに、多くの大会で勝利を収めます。日本女子プロゴルフ選手権大会では7連勝を含む通算9勝、日本女子オープンでも4連勝を含む8勝を挙げました。

1970年(昭和45年)にはライバルの佐々木マサ子とアメリカ女子ゴルフツアーに参戦。8年目の1977年(昭和52年)、全米女子プロゴルフ選手権を制し、日本女子プロの強さを世界にアピールします。

忘れてはならないのは、アメリカで学んだゴルフのテクニックや協会運営のノウハウを樋口たちが日本に持ち帰ったこと。今では誰もが行なっている歩測も、彼女たちが最初に身につけたテクニックでした。

その後、さらに女子ゴルフ界を盛り上げたのが岡本綾子です。日本初の賞金女王となった1981年(昭和56年)だけで8勝を挙げ、アメリカのゴルフツアーに挑戦した翌年にはアリゾナコパークラシックで優勝します。

欧米ゴルフツアーでは通算18勝し、1987年(昭和62年)にはマネークイーンの座も獲得するという快挙を成し遂げ、アメリカのゴルフ史に名を刻みました。

新世紀、凄腕のジュニアゴルファーたちが出現

新世紀、凄腕のジュニアゴルファーたちが出現

樋口久子や岡本綾子が活性化させた女子ゴルフ界は、21世紀に入り、さらなる進化を遂げます。大学生や婦人が中心だったプレーヤー層に、ジュニアゴルファーも混じってきたのです。

1984年(昭和59年)には16歳の服部道子(フリー)が日本女子アマを制し、1990年代には坂上晴美(フリー)や中島真弓(フリー)がナショナルチームメンバーとして国際経験を積みます。

2000年(平成12年)の日本女子アマチュアゴルフ選手権では、紫垣綾花(フリー)と古閑美保の女子高校生同士が対決。宮里藍(サントリー)や横峯さくら(エプソン)、諸見里しのぶ(ダイキン工業)といった「宮里世代」は、アマ・プロの世界で、さらには海外ゴルフツアーでも活躍しています。

2015年(平成27年)の日本女子アマチュアゴルフ選手権では、14歳の宮里美香(NTTぷらら)が、服部道子の最年少優勝記録を更新。

今後、女子ゴルフ界の発展を担うのは、新しいジュニアゴルファーたちであることは間違いないでしょう。

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